4.弓木あき「緘|Walls」
4.弓木あき「緘|Walls」
封筒のなかのつめたさ木へ陽ざし
猫へ鈴もうじき花の咲く街の
姿見をとうめいな陽のゆくはやさ
風花のはじまりを見る観覧車
降りいでて氷柱へかはるまで僅か
曙をひきつれこぼす鯨かな
着ぶくれてオリーブを刺す銀の尖
ときをり跳ね雪の最後を踏み鳴らす
星、と打つ忽ち夜の広がりぬ
本を読む君を眺むる毛布かな
春へ夜々いざなふ風やその瞑さ
窓枠の影を凍蝶翔びたてり
ダンサーと手繋ぎ白梅をくぐる
日向より春ずかずかと枝物屋
風迅し光れば花をおどろかせ
こでまりやしあはせはばらばらにくる
木の橋を鳴らし野遊びへと戻る
息一縷降るに紆余ある春の雪
囀をざあとうどんの茹であがる
もの思はぬときもほほづゑ雪解澤
咲きみちて蝶の眠りへ夜が降る
沈丁や羽のごと髪梳かさるる
目を閉ぢしあとのきらめき春竜胆
ふれられし背羽より覚む春の夢
指へ蝶遅れてぬるき風至る
画面拭く春のデニムの腿をぎゆと
待ち合はす渚の春の一飛沫
永日の波たたみつつ光りつつ
さざなみのささやき湖べりへ桜
水つたひ水あらはるる藤の雨
藤棚のたとへば唇の奥の闇
はなびらのあそぶしぐさの夕永し
水紋のやうなランプのかげひかり
胸底の冥水栽のヒヤシンス
むうと吸ふバニラシェイクや花疲れ
くろぐろと一羽が春の闇の淵
手枕や拳に春の星隠し
眩しさはねむれる花を透きにけり
読む君の涙あかるし濃山吹
えいゑんの春野をひとりづつ撮られ
どこまでがあなただらうか花ミモザ
旧邸のきざはしへふる春の虹
花冷の片隅を手廂に逢ふ
風船を呉れし着ぐるみ虎の拳
胸底へふれられてゐる花の澪
春宵や花束を置くすこし眠る
唇のピアスの裏を舐む花萼
ゆく春の東京百景てふ文庫
旅びとや春陽はみづぎはを還る
花終へし樹々飛ぶものら眠らせて
パーゴラを行きつ戻りつ蝶の像
葉ざくらのままならなさの雨意の鼻
はつなつの風に心の傷曝す
ちかづけばあなたも見えぬ新樹の夜
晴れきはまりラムネの壜はほそき洞
傘雨忌やことにしづかに眼の芝居
まなうらの水源ゆるむ黒揚羽
願ふならあなたに殺される蟻に
なみなみと闇たゆたへる香水壜
消灯ののちの雨だれ合歓の花
さよならか雨の青葉のさざめきか
人悼む黒なり臍も闇湛へ
遠雷をやつほうと言ひしよりのキス
ざざ降りの舌へ沿ふ舌音すこし
アイスよりつめたき匙や猫跳び来る
曖昧な日にしまはるる氷旗
水紋の消ゆることなき滝見かな
ここでなら話せる滝壺の翳り
告げしより花火の音のなくなりぬ
やや酔ひて氷菓の芯のぐらとずれ
滝落ちて残るは彩の記憶のみ
水音は弧に広がりぬ岬へ虹
朝焼の裾ふれてゐる水たまり
憶ふときことばねむれる緋のカンナ
秋うらら花舗の硝子を姿見に
待たされて風飼ひならすロングシャツ
猫去るに尾さばきひとつふたつかな
黄落期長篇を聴く待ち合はせ
降りてくる金木犀の香の像
頬落ちぬやうにてのひら月の暈
八畳に光源ふたつ梨わける
水といふ壁大いなる野分中
一群の色鳥つるむ樹下も森
水鳥のはばたきそむる飛沫かな
独奏の指板に鳥や聖夜劇
喪ひしことはや忘れ霜日和
凩や蛇口の銀を捻れば無
唇を噛むくれなゐの寒さして
ことごとく叶はぬ寒の廊の闇
雪来るか廊の果なる硝子窓
午後の雪後ろずさりの床鳴れる
どの雪も君に似たらず掌に消ゆる
塔があり人を焼く煙のきれい
冬晴のうへ大粒の星隕ちゆく
水の世のひかりに死せる水たまり
水洟を擤むよこがほや貨車過る
橋脚を蹴る雨やがて雪やがて
きさらぎの手かざしひかる灯かな
天使手を頰へすべらす薄氷
夜の雨のよく冷えたるを投函す

