12.楠本奇蹄「胞衣あそばせ」
12.楠本奇蹄「胞衣あそばせ」
雪解の魚は喃語をまとひをり
ロマンスのやうな焦燥わらび餅
廃鶏に紛れてあはゆきのつづく
雨意の眼がパンジーの疵さがしてゐる
くちびるの沁みれば梨の花ざかり
春過ぎぬみづのおもさを胃に移し
金星にまだ遠い雨ネル乾く
書肆の小瑠璃をご存じですか
虹を待つ気絶に憧れるやうに
屈葬ごつこニセアカシアの土手に我ら
アイスクリンのはんぶん遺影
サイダーが喉にほとんど泡で笑ふ
童心は穿つゼリーの無時間を
海月あまたの胞衣あそばせて
象は歯を遺して皆の影涼し
バードウヰーク緑が濃くて手を汚す
ボルヘスの書の滴りやまず
郭公は鏡のごとく禁猟区
パン屑は眩し草笛消えやすし
頭痛の奥で蟬が落ちたよ
被写体の泉は求めない手紙
あをあげは川面の雨は眠れたか
今朝の秋混沌はまだヨーグルト
逆子の夢が雷雨に触れてしろい秩父
かなかなの翅をきのふと呼ぶべきか
龍淵に潜む肉筆だれの続き
犬のふりして花火にさはる
ヴェクサシオン葡萄孵化しさうなふきげん
われからや舌下に密書昏くあり
はやとうり肺の水系ゆふぐれぬ
道の真中で秋をひらくな
すれ違ふ私語の匂ひに鹿来たる
山頭火忌まんばうの泡せつせつと
頬杖が秋陽に眠いバヤリース
秋蝶 息 体温はつぎはぎ
はぐれた鞄が流れ星になつた
たましひのがさがさ笑ふ沼の秋
スポンジに針眠らせ無月
雀蛤となり外階段は雨
白菜を剝けば手紙の湿りかな
背表紙に翳 雪虫を生むための
甘蔗刈る刈るズボンさめざめ
共感にすこし汚れて葱畑
冷まじや月の母の疼く川の面を
園丁に似て雪の夜のあとがきは
新雪の歩に夜の腐蝕が
凍蝶の朽ちて空欄ただあかるい
fallin’ fallin’ 梟のこゑのけむり
枯枝落ちてよるよると鳴き
冬眠す森の続きのいちごジャム
インバネスいづれ雨ざらしのファルス
風邪の目玉が野に沈みゆく
どこか欠けた歯車として着膨るる
レッドブル瞼に狐火が育つ
自画像よぎる雨降り鯨
absenceのど飴溶けて寒気団
ポケットにビスコ枯野に湧く文法
陸地だつたか冬夜の栞は
金継のゆつくり滅ぶ雪時雨
遠浅の眼で外套を掻き抱けり
むささびの骨残し夜の木
煮凝のなかに波散る時間かな
山の眼を濃くして還る飾売
水鳥発てば記憶のしろさ
膝を嗅ぐ雪の気配に乾きつつ
凍鶴の瞑れば濡れやすい躰
童話より泡に似てゐる夜のミモザ
束の間へ雲雀の落ちて臍あはし
崖の鳥みな輪郭を捨て
遠足の菓子余らせて長い夢
逃げ水はずつと瞼のある理由
番台からは尽きぬ雪渓
野の果の靴に雫よ沙翁の忌
薄葬や汀に烏賊の透けやすく
腑分けのあとを野薔薇が揺れる
主夫と云ふ手妻を枯らしなめくじり
ブラウスを汚すささやき夏の川
葉擦れに沈む針子と夢と
遺筆濃し紙魚は四分儀座へ紛れ
合鍵に夜明けの硬くレモン水
クッション 夜は腸詰に似て
夾竹桃文化のやうに臥せるなり
やはらかな子音の舐める金魚玉
ずるい普通を裸足でさぐる
糸蜻蛉よこがほに風脱ぐあかるさ
烏瓜咲く手は夕闇を束ねずに
踏切はもう合歓の水際で
海鳴りのゆくへの蛍袋かな
大夕焼うまれかはつて郵便受
夏霧のみづうみに似て幻肢痛
形代に鳥のまなざし降り来て森
夕顔ひらく沖と眠りの境目に

