16.冨嶋大晃「日輪」
16.冨嶋大晃「日輪」
冴返る高く低くに灯が揺れて
品書きにポテトサラダや春の月
春の星ならたつぷりの砂糖で煮て
ジャムナイフ刺せば銃後よ梅の花
ものの芽や蛇口に網の結びある
ガレージに薪売る家よ水ぬるむ
木に札をかけて春田のほとりかな
春雨や宿のむかひが金物屋
はじめから煮たるやうなる若布かな
遠足の岩に凭れてゐる写真
水雲酢は邪念なく食ふべかりける
花筵そこに寄りかねゐる男
海棠に原始のちからありにけり
霧吹をみづの垂れたる五月かな
花は葉に影絵の犬の口ひらく
蚊遣火よ木を見るためのこの窓よ
風鈴の揺れ風鈴に伝はりぬ
のど飴は滴りの味したりけり
海のむかうに入道雲や縫い目のごと
眠りゐるときはひとりや糸蜻蛉
歩きをり遠くが見えてゐて暑し
かき氷屋とプラトンの話など
七月や飴をくばつて犬つれて
夏の蝶その六つ脚のびろびろと
夕涼のうそつくやうに話しをり
秋扇なかばびらきに置かれあり
略歴が白紙八月十五日
秋潮にまぢかく人を描きをり
吸殻の水漬いてゐたり花野みち
コスモスが押し上げてゐる丸太かな
秋の浜日輪に底ありさうで
虫籠に天地をつくるこころかな
小鳥来る日記の裏に描く自画像
ゆきどまりあり一匹のいとど鳴く
見送りのはうが速足月見草
霧深くひとの字をまねしてゐたる
雁渡る天地に憂いを落としつつ
吊り橋のうへの夕空雪来るか
年の市印度にも龍ゐるらしく
虫凍るもつとも太き枝をつかみ
誰もその前に出ずゐる冬の汽車
かがみもち音鳴りさうに傾きぬ
淑気満つ屋根をなにかの歩きゐて
金堂の裏にホテルやお正月
読み終へて本の重さよ寒燈下
貝三つに目鼻を作り雪だるま
考へてゐて水洟のとめどなく
どこまで寒い懺悔室死にいそぐ
寒椿ひらけて疎水はや濁る
人を呼びたる待春のかほ白し

